記憶と性格

ある韓国映画で、北朝鮮との国境近くの

終点駅に最終列車に乗って到着した二人の

男女がいました。

一人は、列車の運転手で、飛び込み自殺の

若い女性を轢いてしまった若者、

もう一人はドイツに留学していたときの

先輩である男性、今は大学教授と不倫の

関係にある、若い美貌のインテリ女性。

駅の外は雪で、帰りの列車はありません。

ソウル市まで、タクシーで帰ると言って

女性が若者にタクシー会社に電話してくれと

頼みます。

若者は電話番号案内に電話をして

一番近いタクシー会社の番号を訪ねます。

ふたりは、すでに閉まってしまった駅舎の

外にいて、周りは一面の雪で人家はありません。

空からは雪が絶えず降っています。

番号案内が最寄のタクシー会社の番号を教えます。

そんな状況で、携帯ですから番号をメモすることも

できません。観ている私は自分の記憶力の弱さを

よく知っているので、その若者が聞いてすぐに

平然とその番号に電話するのを見て、すごいなと

思いました。自分にはメモしないで電話で教えられた

11桁の番号を間違いなく暗記する能力はないからです。

さらに、驚いたのは、若者がかけたタクシー会社が

天候を理由に営業を断わったとき、女性の方が

もう一度、自分が話すと、言って、自分の携帯から

若者に番号を確かめることもせず、すぐに電話を

したことでした。わたしからすれば、そんなふうに

番号を暗記しておれるのは超能力のように思われます。

女性は二倍の料金を払うから来てくれ、と掛け合いますが

断られました。この映画は見どころはもっと他にあるのですが

記憶に関する劣等感のせいで、こんなささいなところが

気になって困りました。記憶力の弱さは、映画を楽しむ

ことをも妨げるのです。

映画の登場人物たちはちょっと超能力すぎないか。

観客の中には私のように弱い記憶力に劣等感を

持っているものもいることを考えて映画を

作ってもらいたいものだと訴えたい気になります。